英語学習で大切な事は、ボクシングが教えてくれた

boxing 英語学習

そこに行き着くまでに色々あったので、その経緯を書いてみました。

実戦で味わった挫折

日本人が英語の勉強をする、といったらTOEICが多いんじゃないでしょうか。
自分も例に漏れずそうしていました。スコアが600ちょいまで行った所で、ちょっと会話の練習もしてみるか。と思い、ネイティブと英会話ができるカフェに行ってみてました。

結果、開始1秒でいきなり挫折を味わいました。

『初めまして』って、何て言うんだっけ・・・?

いざ、会話となると、頭が真っ白になって、これまで勉強してきた内容が全部ふっ飛んだ。

ボクシングで学んだ経験と、英語学習との類似点

唐突ですが、高校の頃、ボクシングをやってました。
英語とボクシングに何の関係があるんじゃいと思われたかもしれませんが、ちゃんと戻ってきます。少しだけお付き合いください。

大した実力ではなかったですが、学生時代に最も真剣に打ち込んだ事の1つですし、体を動かすときはその時の練習がベースになってたりします。

今でも、モンハンのアクション「シャドウ」のフォームにダメ出しできるぐらいの知識と経験はあるつもりです。
(というか、アレはボクシング経験者なら全員が「何だそのフォーム?!」とツッコミを入れたくなると思う。)

母校にはボクシング部があったのですが、監督の引退に伴って廃部という事で、ちょうど自分の学年から新入部員を受け付けていなかったので、ボクシングジムに通っていました。
が、そのジムは、学校にボクシング部が無いから通っているという学生が多く、年齢と実力が近い人が多く居たのは幸いだった。
インカレ系のボクシング部みたいな雰囲気になってたし。(高校だけど)

そして、ジムではやったらとスパーリングやっていて、ほぼ毎日スパーリングをするという中々ヘヴィな練習カリキュラムだった。
ジムに通い始めて1週間でいきなりスパーリングを始めた時は、「おおぅ、マジか。まだまだフォームも怪しいし、練習通りにできる気なんて一切ないぞ。」という状態だった。

初めてスパーリングをやった時のことは、今でもはっきり覚えている。
終わった後、腕は手首から肩まで鉛でぐるぐる巻きにされたかのようにずっしりと重くなり、「肺に穴でも空いたのか??」と思えるほどに呼吸が苦しかった。
「たった4分で、ここまで疲れる事ができるのか・・・!?」と無茶苦茶びっくりした。(高校ボクシングは1ラウンド2分。2ラウンドやってた)
練習通りに打てたパンチなんて1つも無い。フォームがズタズタの素人パンチ振り回しているだけだった。

その翌日の練習もスパーリングがあった。
次はちょっと趣向が代わり、「使っていいのはジャブだけ」という内容だった。
それならだいぶ楽に・・・と思ったが、それでもキツい事に変わりは無かった。前日よりは遥かにマシに動けたけど。

「ジャブだけを使うスパーリング」が1週間続くと、さすがに少しは慣れてきた。
練習通りに動く事ができるようになってきたし、相手の動きも見えるようになってきた。肺が潰れる程に疲れるという事もなくなった。

その次の週からは、「ワンツーだけを使っていいスパーリング」が始まった。
これも最初は戸惑ったが、徐々に慣れてきて、終盤には「別のパンチも打ちたいな。」と思えるレベルになっていた。

その次の週からは、「どんなパンチでも使っていい」という、普通のスパーリングが始まった。
ここまで来たらもう恐れる必要はない。手持ちの武器を使っていくだけだ。

そうやってスパーリングを繰り返していく事で、徐々に変化が現れた。

練習通りにパンチが出せる。
練習通りにフットワークが使える。
相手のパンチが見える。
相手がパンチを出す時の予備動作が見える。
相手が自分のパンチをどう捌いているかが見える。
相手が自分のパンチをどう捌くか予測ができる。
相手の動きを予測して、自分の次の行動を決める事ができる。

そして、ここまで来て、ようやくジムのトレーナーが、やたらとスパーリングを練習カリキュラムに組み込んでいる理由が分かった。

「なるほど。”実戦で打つパンチは実戦で覚えろ”という事か。」

リング上における「殴り合いをする」という非日常空間においては、「パンチの打ち方を知っている」というレベルでは話にならなくて、『意識せずに練習通りにパンチが出せる』と、体に染み込ませるレベルに到達していなければ実戦では全く役に立たないという事を実感した。
(毎日練習していれば、そのうち非日常じゃなくなってくるけど)

英語ついても、全く同じ側面があるんじゃないかという感覚があった。

自分にとっては、「英語で会話をする」という非日常の感覚と、「実戦で、練習通りのパンチを打つ」という感覚は非常に似ていると感じた。
「英語で会話する」という事を、非日常でなく、日常の当たり前の出来事と感じられるレベルに持っていく必要があると感じた。

どれだけ勉強したところで、実戦経験を積まなければ、使えるレベルに到達しないんじゃないかという感覚があった
「この単語を知っている」というレベルでは実際の会話では全く役に立たず、「その単語を知っている」という自覚すら無い状態まで持っていく必要があるという感覚があった。

例えば、
「あー、会話が途切れちゃったな。何か繋ぎの話でも・・・とりあえず今日の出来事でも聞いてみるか。
英語で『今日はどんな1日だった?』って聞く時って、なんて言うんだっけ。ああ、そうそう『How was your day?』だ。」
という程度しか脳に定着していない言葉は、実戦において何の役にも立たないと言う事だな。

そう感じてからは、もう実戦と結びつく気がしない学習方法は、一切やらない事にした。

英語学習において、「やらない」と決めた事

最も重要な決定とは、何をするかではなく、何をしないかを決めることだ

という事で、以下、英語学習において「やらない」と決めた事です。
(ただし、2020年 4月時点の内容なので、徐々に考え方が変わっていく可能性はあります。)

また、あくまで英語力が悲惨な時点での出来事なので、その点はご了承ください。

単語を覚えない

正確には、「単語を覚える努力をしない」。

英単語の勉強というのは実に不思議なもので、
「こんなの実戦で使うのか?」という単語や
「この単語、多分自分は使わないな。」という単語が出てきても、
知らない単語はしっかり覚えておこう! と頑張って覚えようと努力する引力が働いてしまう。

が、知らない単語を網羅的に暗記するのはやめた。
実戦で使う予定のない単語に、多大なリソースを割かないと割り切った。

といっても、覚える努力を完全に放棄する、という事ではない。
冒頭でも触れた通り、英語で日記を書き続けているが、何回も使う言葉は自然に頭に入ってくるし、自分が「これは日常生活でも使うな。」と思った単語や表現は、頑張って脳に定着させようと努力をする。

英文を読んで、分からなかった単語を全部覚えようとするのではなく、「あ。この単語よく出てくるな。」と思った箇所のみを脳に定着させる。

重要なのは覚えた単語の数でなく、その単語を知っているという自覚すらないレベルにまで脳に定着させた単語や表現の数だ。
そんな感じで、知らない単語を覚える事よりも、「覚えた単語を実戦で使えるレベルに持っていく」事にリソースを割く事にした。

人によっては、「英語力は “どれだけ単語を知ってるか” にかかっている。」という意見もあるが、多分それは会話がスラスラできるようになって、あとはボキャブラリーの問題、というレベルに到達した人向けなんじゃないかと思う。

自分は日常会話すら怪しいレベルの人間なので、現段階では、そういった意見はスルーする。

穴埋め式の選択問題を解かない

TOEICのパート5や6に相当する問題。
不完全な文章があって、「( )に入る適切な表現はどれでしょう?」みたいなやつ。

アレ、本当に実戦で役に立つのか?
恋愛シミュレーションゲームじゃあるまいし、現実世界の会話において、選択肢なんか出て来ねーよ
出るの? 選択肢。 ガッキールートとかあるの?? というか現実なんて、選択肢すら出ずにバッドエンド一直線があったりするクソゲーじゃねえか。
話が逸れた。
仮にそんな事があったとしても、話す前に「選択肢を選ぶ」などという悠長な事をやってたら、会話のテンポを大きく損なう。
必要なのは、相手が言った事の意味を即座に脳に落とし込んで、すぐにレスポンスを返す事ができる瞬発力だ。

そもそも、穴埋め式問題は、性質上悩まないと解けない事が多いし、話題の流れが全く分からない。
「悩まないと解けない」という性質の問題の場合、紛らわしい選択肢が並ぶが、現実世界での会話やリーディングにおいて、紛らわしい選択肢から正解を1つ選ぶなんてシーンなど考えれられん。

「穴埋め式の問題をやらない」と決めた理由については、もう1つある。
ネットやってると、英語の習得者には、「狂ったように英語の勉強をしている時期」がある人が多いと言う事がわかった。
自覚は無かったが、自分にも「狂ったように英語の勉強をしている時期」があったらしい。
「あったらしい」というのは、嫁さまちゃんから「そういえば、一時期、狂ったようにやってたよね。」と言われたという事で、特に自覚がなかったからだ。(だいぶ昔。子供が生まれる前。)

英語は全分野が苦手なんだけど、その中で特に文法が苦手だった自分は、この短文穴埋め問題を重点的に勉強していた。
が、結果はこんな有様だ。
自分の学習のやり方に問題があったかもしれんが、実際の会話において役に立っていると言う気は全く無いし、これを突き詰めていっても、会話がスムーズに進めるビジョンが全く思い浮かばない。

という事で、穴埋め式の選択問題には見向きもしない事を決めた。
よって、TOEIC対策の勉強はしない。
気が向いたら試験を受けるかもしれんが、スコアアップ対策としての勉強は一切しない。

文法の学習に力を入れない

英語学習の初期に習う、第1~5文系とか、現在完了形の継続・結果・完了、とかそういうの。
人によっては、「超重要だ!それらの理解をすっ飛ばして英語勉強するとか頭おかしいのか?」というかもしれないが、とりあえず後回しにしとこう。
という結論に行き着きました。

主な理由は3つ

理由1. ネイティブがTOEICの点数が悪いケースもある

英語日記を書き始めた当初は、今の先生とは違う、別の方にお願いしていました。
(新しい事業の立ち上げで忙しくなったので、別の先生を探した)

その先生は大学では英語を専攻していて、英語をちゃんと「学問」として身につけた方だった。
先生が通っていた大学では、留学生も多く在籍していたが、「ネイティブにもかかわらず、TOEICのスコアが悪い」というケースは、別に珍しくなかったらしい。
どういう事かと言うと、選択肢が全部正解に見えるらしい。

そりゃそうだ。問題にする以上、出題者は明らかな間違いの選択肢を設けない。
当然、間違えてもおかしくないような、選択肢を用意する。
日常生活において、僕らが「(教科書に書いてあるような)正しい日本語」を使わないのと同様、教科書に書いているような「正しい英語」を使わない生活をしていると、「正しい英語」の問題が解きづらくなってしまうという事だと思う。多分。

「黒子のバスケ」という漫画で、帰国子女の火神というキャラが英語で赤点を取った事をチームメイトから指摘され、「日本の英語は細かすぎるんだよ!」とキレるシーンがあるが、あながち嘘ではないわけだ。

また、その先生には、中学の時に帰国子女のクラスメート(日本で生まれ、小学生の頃はアメリカで過ごし、中学で日本に戻ってきた)が居て、それについても面白い話が聞けた。
そのクラスメートは、「 『 “is” を日本語にしてください』という問題の意味がわからん。 」と、とても困惑していたらしい。
(「He is a student」という英文があり、『日本語にしてください』という問題が、単語ごとに割り振られていた。なので、正解は 『は』。)
彼が最初の英語のテストで取った点数は、100点満点中 12点だったらしい。(もちろん英語はペラペラ)

それがどういう事かというと、(日本の教育現場で教えている)英文法を学習しなくても、ネイティブ同様に話す事は可能という事を意味する。
なら、自分にとって超苦手分野の、この過程はすっ飛ばそう。

理由2. 子供に言葉を教える時、文法ベースで教えていない

現在、3歳の子供がいる。
最初は簡単な単語を話すだけったが、徐々にちゃんとした言葉を発するようになってきた。

当然、言葉を教える時に、
「日本語には、主語と述語があって~」
という事なんて教えない。

「これは”お皿”」、「これは”スプーン”」といった感じで物の名前を教え、
「掃除をする」「お風呂に入る」といった動作を教え、
「ただいま」「おかえりなさい」といった、状況によって使う言葉を教える。

幼児向けの教育DVDに結構食いついてるし、Youtubeもよく見るので、そこから自然に学ぶ部分も多いのだろう。
すると、特に教えていない事でも、自分で勝手に吸収してくれる事も出てきた。
「バスに乗る!」
「バスに乗ってる!」
「バスに乗った!」
といった感じで、時制なんて教えたつもりはなくても、自然に使い分けができていた。

つまり、「文法を頭に叩き込むのは後でいい」という事だな。
というか日本人全員がそんな風に言葉覚えるよね。いきなり文法から入ることなんてないし。
英語圏のキッズも、第一文型や第二文型から入ったりしないよね?
自分が英語を学習する時も、そのステップでいい。

「まず、自分が言いたい言葉が正しく表現できるようにする。文法の学習はその後付け」

という考えに至った。

理由3. 英文法が壊滅的に苦手

ある意味、これが最大の理由かもしれない。
どれくらいダメかというと、第2文型が全く理解できないくらい。

ちなみに、「これは分かりやすい!」と薦められ、Amazonレビューでもで大絶賛の本を読んでも、さっぱり理解できなかった。

詳細は、こんな感じです。
英文法の第二文型が今でもさっぱり分からない。しかし、それはエジソンに続く道だった!?

英語を教える立場の人が見ると、
「ここまでわからん奴がいるのか・・・」
と、がっくりうなだれると思う。

まとめ

人によっては、「お前、英語ナメてんの?」と思われるかもしれませんが、これでも自分なりに考え、色々試してみた結果です。
説教したくなる人がいるかもしれませんが、一旦、スタンスが固まったので、そのまま突き進む事にします。

ただ、こんな考えの人間が、英語ができるようになるかどうかをウォッチするのは、実験サンプルとしてそれなりに楽しめるんじゃないかと思う。
という事で、説教したくなったとしても、とりあえず生温い視線で見て頂ければ幸いです。

ちなみに目標レベルは、
「英語圏で問題なく仕事ができる事!」

また、今回は「やらない事」を中心に書きましたが、「やる事」については次回に書きます。

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