「公園」は人生のチュートリアルだ! と言っていた弟の話

park-01 日常のこと

GWの休み、凄いっすなー。
先日から嫁実家(北九州)に、子供たちを連れて遊びに行ってるんだけど、こいつら超元気。特に長男。

もうすぐ3歳の息子くん、前回行ったのは半年くらい前なのに、「ここ!」と、ちゃんと場所を覚えていたのにびっくりだ。
よく覚えてんな。俺だったら1回行っただけの場所、記憶してない自信あるぞ。

身体能力が徐々に上がり、出来ることも増え、しゃべる言葉も少しずつ増えてきた息子くん。色々な事に興味を持ち始め、夜遅い時間でも「おさんぽするー!」と元気満々だ。
やかましいわー!と思いつつも、夜は爆睡してほしいし、久しぶりに遠くに来てテンション上がってるだろうから近所の公園にでも連れて行った。

半年くらい前にも、その公園に連れて行ったが、その時はブランコ乗ったり、子供が乗って前後に揺らして遊ぶ動物の乗り物(名称がわからん)で遊ぶくらいだった。

が、今では一人で何かよくわからんアトラクションの頂上登って、てっぺんから滑り台で降り、1回目は滑りが良すぎて顔面から砂場に突っ込むも、2回目以降は学習して滑りのスピードを調整したりと、「おおー!遊びに幅が増えたなー。」と成長の喜びを実感したりと俺も楽しませてもらった。

その公園のアトラクション、頂上に登るまでの経路が複数あって、それぞれに難度が異なっている。
前回は手も足も出なかった息子くん、今回は一番簡単な経路から、頂上に登る事に成功した。
んで、公園で遊んでた別の子は別の難しい経路から登り、そのお兄ちゃん(多分)は、さらに難しい経路から登って行った。
「おー。すごいなー。ウチの子があんな感じで登っていくのって、あとどれくらいかなー。」ってのを思いながら、その子たちを見ていて、ふと、5歳の娘が居る弟の言葉を思い出した。

「『公園』って、実はすげーぞ! 出来る事が1つずつ増えていくのが、はっきりわかる。むちゃくちゃ考えて作られてるぞ。絶対。」

って感じの内容。

それ聞いた時は、自分の子は公園に行っても大した遊びができる年齢じゃなかったので、大して気に留めていなかった。
んで、家の近くにも公園あるし、しょっちゅう連れて行ってるけど、そこまで強く実感することはなかった。

が、この公園、「アトラクションの頂上」という、はっきりとした到達ポイントがあり、「難易度の違う複数の経路がある」というのが、強くそれを意識させた。

子供たちも
「やったー! 登れる所が1個増えたー!」
とか
「一番難しい所からも登れるようになったー!」
と、
出来る事が増える喜びを体感できるようにしているんだと思う。

改めて考えたら、これ、すげー事だよな。

だって、公共の仕事として「子供の成長に必要なものは何なのか」を考えてくれて、それを体感できる施設を提供してくれて、その施設を通じて自分の子供たちを成長させる事ができる。

最初は簡単な課題を用意し、次に達成する課題も用意し、徐々に難しい課題をクリアできるようになり、全クリが余裕になったら、その施設からは卒業。

すげーよ! 無理なく、段階的に成長する場を提供してくれている。
まさに、人生のチュートリアルじゃねーか!

一方、IT業界ってどうよ。
こんな親切な事ってあるか?

十分な情報もサポートも一切無く、いきなり最高難度の経路から登る事を強要され、登れなかったら無能。苦労して登りきったとしても「もっといいやり方があっただろ?」と悪かった部分を指摘され、「知らないよそんなの!そもそも全景を見る余裕なんてなかったよ!ってかそういった情報あるなら登る前に教えてよ!」と思っても、反論する余地すら与えられず、時には精神を摩耗してボロボロになりながらも最高難度の経路で登り続る事って、割とある光景なんじゃないだろうか。
俺はあったし、それに近い経験をした人も珍しくも何ともなかった。

そうやって生き残った人間だけを戦力としてカウントするという組織が当たり前のようにあちこちに存在していたんだけど、今考えると、不気味だよな。これ。
ちゃんと手順を踏んで成長してくれれば戦力になってくれたであろう人も問答無用で振り落とし、生き残った人間も「俺はこうやってきた!」と下にそれを強要する。
うーん。負のスパイラル。

将来、息子くんがどんな道を歩むかは知らんが、いきなり最高難度の経路から登る事を強要せず、できる限り段階的に成長できるステップを用意しておこうかと思った次第だ。

何だか話が逸れた気もするが、公園などの子供が遊ぶ場所の写真を撮って、それを定期的に上げるサイト作ってたりします。(福岡市周辺のみ)
かき ぷれいぐらうんど
【福岡市周辺】公園などの子供が遊ぶ場所の情報をかいてます。

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